広島県瀬尾税理士事務所 瀬尾暁史 様
会計事務所の事業承継を乗り切る「付加価値サービスへの取り組みで関与先企業と長期的関係を築く」
瀬尾税理士事務所(広島県尾道市)は、開業から47年の歴史を持つ地域密着型会計事務所である。所長の瀬尾暁史氏(写真)は2代目で、先代が築き上げた地元中小企業との深い信頼関係を守り続けている。会計事務所が代替わりをする際、顧問先が離れることが少なからずある。瀬尾氏は自身が事務所を引き継ぐ際、顧問先が離れることを防ぐため、新たに経営指導などの付加価値サービスに取り組んだ。こうした取り組みは、関与先の経営者、特に2代目、3代目の経営者から好評で、現在では事務所の大きな強みとなっている。こうした取り組みを重ねた結果、瀬尾氏が先代から事務所を引き継いだ際に、関与先が減少することはなかったという。今回の取材では、瀬尾氏に事務所経営や付加価値サービスに対する取り組みについて伺った。
事務所の承継を見据えて付加価値サービスを導入
―― 本日は瀬尾税理士事務所所長の瀬尾先生にお話を伺います。瀬尾税理士事務所は、開業から47年の歴史がある会計事務所です。まずは事務所の経営理念からお伺いします。
瀬尾 当事務所では、「笑顔とありがとうがあふれる仕事をしよう」をスローガンに、4つのミッションと7つのバリューを掲げています。
また、われわれのビジョンに「お客様の成長が私たちの喜びです」という文言があります。
ここ尾道でも今後、景気の悪化が懸念されますが、そのような時期だからこそ、お客様のお役に立てる事務所でありたいと思います。
私たちのたゆまぬ努力で関与先を元気にし、それが地域活性化につながることを目指しています。
―― 瀬尾先生は先代が逝去されたのを機に、10年ほど前に事務所を承継されたと伺っています。事務所の歩みについてご紹介いただけますか。
瀬尾 当事務所は、昭和46年に私の父である瀬尾邦昭が税務署を退職し、41歳で開業したのが始まりです。第一号のお客様は、開業の前年に自分が税務調査に入った会社だったそうですが、商売っ気もありませんし、まったく立場も逆転して、開業当初は大変だったと聞いています。
私自身は中学のころから後を継ぐ意志を示してはいましたが、自主的にというより、小学時代から父に巧妙に誘導されたような節があります。
ただ、休みも昼夜も関係なく、お客様から頼まれれば食事を中断して相談に乗っていた父の姿を見て、大変な職業だけれども立派な仕事だと子供心に思っていました。人を頼る生き方よりも、人に頼られる生き方を選べと、父はよく言っていましたが、自分自身でそれを体現していたのです。
―― 男気のある先生だったのですね。
瀬尾 父は本当にごく普通の税理士でした。コンピュータに長けているわけでも、何かに専門特化しているわけでもありませんでした。ただ、人間的なつながりは人一倍大切にしていました。ですから、私がこちらに戻ってきて最初に思ったのは、「この信頼関係は一朝一夕につくれるものではない。では、2代目としてどうしたらいいのか......」ということでした。
―― 先生はおいくつで瀬尾税理士事務所に戻られたのですか。
瀬尾 25歳です。それまでは東京にある事務所に勤めていて、運よく24歳で資格が取れました。すると、取るなり父に「早く帰ってこい」と呼び戻されました。もう少し修業したかったのですが、ちょうど消費税導入が重なったこともあって、父も待っていられなかったのでしょう。
―― 次期所長として就任されたときの想いを、あらためてお聞かせください。

瀬尾 父は当時、世代交代を機に顧問税理士を代える会社は必ず出てくるだろうと、差し迫った危機だと捉えていました。また、当事務所が世代交代したとき、父を慕っていた社長が契約を打ち切るケースも出てくるかもしれないし、顧問先は激減するかもしれないと危惧していました。
顧問先の減少を食い止めるにはどうすればよいのか、記帳代行だけの商売が近い将来通用しなくなったとき、記帳代行以外で何をすればいいのか、先輩税理士の方たちに飲みに誘っていただいては、議論を交わしました。そのような問題意識を持っていた人たちが近くにいたということは、私にとって大きな励みでした。
入所当初から、とにかく、特に上得意のお客様に2代目として認めていただくためには、新しいサービスを生み出さなければならないという危機感があったので、そのための情報収集を心掛けてきました。
新しい取り組みをいろいろとしましたが、特に手応えを感じたのが、お客様への経営アドバイスです。ここ尾道も他の地域と同様、中小企業にとっては先の見えない時代が長く続いています。ですから、会計事務所が数字に基づく経営のアドバイスをすると、大変喜ばれます。
―― 経営アドバイスはどのように行っているのですか。

瀬尾 自前で作成した資料などを活用しているほか、株式会社プロスの決算診断ツール「社長の四季」で出力した提案書も利用しています。
付加価値業務を事務所に浸透させる
―― プロスの「社長の四季」は、中小企業のPDCAサイクルを会計事務所が決算書に基づき支援するためのツールです。事務所への導入は円滑に行われたのですか。
瀬尾 正直申し上げますと、所内に浸透させるまでにはかなりの時間を要しました。
初めは上得意のお客様にのみ、この決算診断を提供していたために、これを活用できる職員が一部に限られ、宝の持ち腐れ状態になってしまったのです。
―― 職員さんの反応があまり芳しくなかったわけですか。
瀬尾 決算書を作ってお客様に納税額を知らせて終わり。これがそれまでの業務の流れでしたから、職員にしてみれば、決算診断が導入されて、「面倒な仕事がひとつ増えた」と感じるのは当たり前です。「面倒くさい」「申告で手いっぱいだ」という思いがあったのでしょう。
「経営分析なんて無理」とも思っていたと思います。労働分配率や当座比率の話さえできない人が、経営分析の数値の読み方など、社長に説明できるはずがありません。このままフェードアウトするのかと弱気になったこともありました。
―― どのようにして軌道に乗せていったのでしょうか。
瀬尾 決算診断をしたお客様には好評でしたので、それをよすがに、浸透させるための仕組みづくりに取りかかりました。
まずは決算を早めに仕上げることが先決と考え、決算処理の工程表を作成しました。
入力は新人や若手社員が対応し、数字の分析・課題選択は担当者に任せるなど、役割分担の仕組みもつくりました。
決算報告会の課題には必ず中期経営計画を選び、報告会から事業計画への流れを確立しました。
この仕組みをつくったことで、ほぼ全関与先への決算診断の提供が実現しました。
―― 申告書作成業務に付加価値サービスを組み込んだわけですね。
瀬尾 申告書作成のゴールを納税金額の確定ではなく、決算診断書の作成となるように工程を再構築しました。
工程表には、キャッシュフローをストラック図(変動損益計算図)に展開した後、「決算診断の入力」という作業項目を入れています。そこからガイドラインを出し、問題点をチェックしてから私に回すという手順も明確に示しました。
若手職員が入力した数字から担当者が各項目をチェックし、結果が悪ければその原因を探るという見方ができるようになってきました。当事者意識が出てきたと思います。
―― 付加価値サービスに取り組むなかで、職員の方の姿勢に変化が表れたのは素晴らしいですね。
瀬尾 ありがとうございます。それまでは、数字の意味まで考える職員は皆無に等しい状況でした。数字が合うかどうかしか気にしていなかったのです。
しかし今では、多くの職員が分析に興味を持つようになってきましたし、決算診断書を使ってお客様と経営の話もできるようになっています。
決算診断により自社の現状を捉えていただき、そのうえで改善策として、「中期経営計画の策定」をお勧めしています。
事業計画システムでは決算データを基に数値計画も短時間でできますし、サンプルを参考に行動計画を立てられるので、計画が策定しやすくなっています。
決算診断はあくまでもツールです。それを職員が使いこなせるようになって初めて、「導入した」といえるのだと思います。
―― ツールの活用ノウハウを、職員の方はどのように習得されたのですか。

瀬尾税理士事務所 所長。有限会社エス・エー・シー代表取締役。税理士・行政書士・CFP。昭和39年生まれ。中央大学商学部会計学科卒。東京の公認会計士事務所に勤務しながら税理士資格を取得し、平成元年に瀬尾邦昭税理士事務所に入所。26歳で税理士登録。平成3年、有限会社エス・エー・シー設立、代表取締役に就任。平成15年、CFP登録。平成16年、社団法人尾道青年会議所理事長に就任。平成19年、先代の逝去に伴い、瀬尾税理士事務所の所長に就任。平成22年、行政書士登録。
瀬尾 「社長の四季」を開発したプロスの方に当事務所にお越しいただき、勉強会をしていただきました。また、プロスのセミナーが近隣で開催されたときには、スタッフを数人送り込み、勉強をしてもらいました。
4期分の決算診断書で長期的な経営状況を説明
―― 「社長の四季」を活用した経営アドバイスは、関与先にどのように受け止められているのでしょうか。
瀬尾 初めてアドバイスをさせていただいたときは、少し戸惑われる方もいらっしゃいましたが、2期、3期と続けると、税務報告から経営分析の話に移るや否や、「待ってました」とばかりに身を乗り出すようになりました。
特に2代目の経営者は、現状に不安を抱き、「他社と比べてどうなのか」といったことを気にされる方が多いので、手応えを感じています。
―― 瀬尾税理士事務所では、新規の関与先にも決算診断サービスを提供しているそうですね。
瀬尾 はい。資料を基に経営のアドバイスをさせていただくと、「こんなことまでしてくれるのですか」と驚かれます。
ある大手企業の代理店さんは、親会社による決算評価が出る前に、当事務所の決算診断で報告を受けられるということで、喜んでくださいました。
―― 決算診断書の上手な活用法について、コツがあれば教えてください。
瀬尾 最近はサプライズ的な演出効果を狙い、頼まれなくても決算診断書を作って決算の段階でお見せしています。
職員には、まず「今年はどんな診断結果になったと思いますか」と社長に聞くように、また、決算診断をお客様の社内会議で積極的に活用するように指導しています。
要は、いかに社長に喜ばれるかを考えることがコツです。昨年、ある関与先様の決算会議で、入社間もない3代目が同席されるというので、冒頭から決算診断書を出しました。通常は決算書から入り、納税額をお伝えしてから決算診断に移るのですが、そのときは、最初から貸借対照表や損益計算書のグラフを見せて、経営の現状を説明したのです。
現状はある程度把握しているという3代目の方も、数値化されたものを見て得心し、認識を新たにされたということで、社長にも大いに喜んでいただきました。
―― 経営者にとって分かりやすい資料があると、経営のアドバイスがやりやすいですね。

瀬尾 せいぜい2期比較しかできない通常の会計システムとは違い、決算診断書は4期分のデータが出てきます。
3期、4期の比較になると、流れが見えてきます。あの時はなぜよかったのか、悪かったのかが見えてくるので、そこから未来予測ができます。話の流れとしても持っていきやすいのです。
先の3代目が帰ってきたとき、その会社は2~3年赤字続きで、新たな方針を打ち出したものの、それがうまく回わらないという一番苦しい時期でした。しかし、3代目の入社を機に本格的に舵を切り、徐々に回復していきました。
決算診断書を提出したのはちょうどそのころでしたが、その経過がしっかりと数字に表れていると、親子で話されていたのを見て、とてもうれしい気持ちになりました。
経営者に真摯に向き合う会計事務所であり続ける
―― 話は変わりますが、瀬尾税理士事務所はいわゆる地域密着型事務所といえると思います。地域貢献への取り組みをご紹介ください。
瀬尾 年に1回、地元の経営者を集めたセミナーを開催しているほか、経営塾や2代目経営塾、人材育成のための経営参謀セミナーといった小規模なものも開いています。
ただ、これらのセミナーは関与先様向けに行っていたのですが、そうではない経営者の方々からも参加のご要望が届いていますので、今後は、広くご案内していきたいと考えています。
その他、決算診断実践会の会員サイトより、経営に役立つ情報も提供しています。そういった活動を通して地域での知名度を上げ、ファン層の底辺を広げていきたいと思っています。
―― 昨今、AIなどの発達によって税理士の存在価値が下がるといわれていますが、これについてどうお考えですか。
瀬尾 父は税理士業務を忠実にこなしてきただけですが、お客様の悩みには真摯に向き合ってきました。
私もお客様に寄り添って悩みを伺うことができる存在でありたいと思います。
これは一種の原点回帰かもしれませんが、そのうえでコンピュータに頼るべきところは頼る。ですから、AIも含め新しいものは積極的に取り込んでいきたいと思っています。
そして、お客様が最終的に判断するとき、私たちがアドバイザーとして隣にいることができたら、それこそが父の目指してきた理想の会計事務所像ではないかと思います。
当事務所のホームページでは、スタッフを「経営コンシェルジュ」と呼ばせていただいています。会計・税務にかかわらず、経営に関する悩み事は何でも相談に乗ります、ということです。もちろん、その全てを自前で解決することはできませんが、そこは外部の専門家とのネットワークを使い、全ての問題に対応しています。
―― 最後に、これから開業される先生、開業間もない若手税理士の方々に、アドバイスをお願いします。
瀬尾 私が言えるとしたら、視野を広く持ってほしいということです。
業界にどっぷりつかってしまい、業界の中のことしか考えられないような人になってほしくないと思います。
私は平成3年に会社(有限会社エス・エー・シー)を立ち上げたのですが、そのときお客様にこう言われました。「これからは経営者同士の話ができる」と。それまでは税理士でしかなかった私に、経営の相談はしにくかったのだそうです。
もちろん、税理士事務所の所長も経営者なのですが、それだけでなく、もっと幅広くいろいろな経験を積まれたらよいのではないかと思います。
―― 今後も地域密着型事務所として、ここ尾道とともに成長・発展されることを祈念します。本日はありがとうございました。
(取材:実務経営サービス)