2026/04/03世間の学校
言葉は語る「集団浅慮(集団思考)」
日本の諺の 1 つに「3 人寄れば文殊の知恵」というものがある。1 人で考えるよりも多
くの人で考える方が良い知恵が浮かぶという意味である。ところが、我々は多くの会議に
参加して感じることは、会議のメンバーの中には全く発言しないものや、1 人のうるさい
人が会議全体を引っ張っていったり、しゃべって全体をまとめるケースや力のあるリーダ
ーの意向を忖度してみたり、それぞれの人が積極的に参加して喧々諤々の議論をして、よ
り良い結論に達することは意外と少ない。集団浅慮とは、1 人 1 人は優れた人であるにも
関わらず、各人の合意形成において調査や合意形成を優先するためにおかしな結論、非合
理な判断、危険な方向への意思決定が成されることを意味する言葉である。私は監査役や
監事という仕事に就くことが多いが、監査役や監事は、会議自体の意思決定権は持たず、
積極的に議論に参加することはなく、会議参加者の議論状況を観察・監視することが任務
となる。しかし、そこで素晴らしい議論や意見交換が成されているケースは殆どない。ど
うしたらより良い議論になるのかのコンセンサスがないようだ。まさに「3 人寄れば文殊
の知恵」と真逆の方向に行ってしまうことを意味している。
それでは、単独の決断、意思決定よりも多数の者の議論を通して判断、意思決定がなさ
れる方がよりすぐれた結論に導かれるためには、どうすれば良いのか。集団浅慮に陥らな
いようにするためには、より一層の工夫が必要のようだ。せっかく多数が集まってより良
い結論を得ようとするのだから、戦前のアメリカとの戦争における意思決定のように、何
故あのような無謀な戦争をしたのか。当時の最高頭脳の集まりである、海軍、陸軍のエリ
ートや官僚、政治家の優秀な人々が集まっておかしな結論を出した事は日本の歴史に永久
に刻まれる出来事である。そこには、集団浅慮があるのではないか。この問題は、いかに
して有益な会議を行っていくのかについての重要な教訓となるものが考えられる。会議が
十分に機能するために参加者はどう向き合うべきか。会議の司会者、議長はどう会議を運
営していくのか。これは大切なところである。