2026/02/09世間の学校
言葉は語る「ファクト・チェック」
伝統的な社会に於いて、事実の確認や、事実の裏付けについては、マスコミ等において、
慎重な報道がなされており、事実そのものについての論争は比較的少なく、その事実をど
う評価するかについてが論争の対象となっていた。しかし、IT や AI が高度に発達した現
代社会では、事実そのものに対する考え方も変わってきている。AI や IT の進化と共に特
に SNS において、情報が瞬く間に世界中に拡散する時代に突入してきた。
このような時代にあって最も大切な事は「その事実は果たして、本当なのか」という疑
う心(単なる猜疑心ではなく、懐疑心。この両者の区別は特に重要)にあるのではないか
と思われる。新聞、テレビ、雑誌などのマスコミは、事実の正確な報道を使命とするが、
その事実が本当か否かを確認することは、そう簡単ではない。特にアメリカのトランプ大
統領に関する選挙において「フェイク・ニュース」という言葉が広く使われた。従来はマ
スコミ報道についての事実そのものについて疑われることはなく、その事実の評価、判断
について対立があることが殆どだった。「フェイク・ニュース」という考えとともに事実
といわれているものに対しても疑いを持ち「ファクト・チェック」をする必要が生じてい
る。
そのため昨年(2025 年)は「ファクト・チェック元年」として、この問題が広く取り
上げられるようになった。CO2 の大量の発生により、地球は、温暖化しており、これが異
常気象をもたらしていると考えられているが、これは果たして本当なのか。この事実をど
のように立証していくのか。化学の世界では検証可能性の問題として証拠に基づく裏付け
証拠の入手が不可欠であるが、果たして、地球温暖化の科学的根拠は十分なのだろうか。
このような問題ばかりでなく、SNS の普及によって一定の事実(真偽不明)が、瞬く間に
拡散する時代において、この「ファクト・チェック」は不可欠である。問題はそれを誰が
どのように行うかである。信頼出来る第三者によるファクト・チェックの時代がようやく
始まりだしたといえそうだ。